ギャラリー
長昌寺
永谷山長昌寺、曹洞宗、本尊:釈迦牟尼仏
長昌寺は、金剛寺第六世柳顔(寛文3年1663年寂)が創建したという。
新編武蔵風土記稿による長昌寺の縁起
長昌寺
除地、2800坪、榛ヶ谷の内にて北に寄たる所にあり、曹洞宗、相州愛甲郡飯山村金剛寺末、永谷山と號す。本堂7間に5間南向なり、本尊釋迦木の坐像長1尺8寸ばかり、脇士二体各8寸ばかり。本山第六世柳顔開闢せり、柳顔は寛文3年9月23日、70歳にして寂せりといふ。
白山社。門をへて左にあり、小社なり。
「旭区郷土史」による長昌寺の縁起
永谷山と号し、厚木市飯山の金剛寺の末寺。本山第六世柳願の開闢。柳願は寛文三年(一六六三)九月、七十才で寂したと伝える。
拡大写真、
山門、
定紋(五七の桐)、
山号・寺号扁額、
永代供養墓、
六地蔵、
地蔵菩薩、
子育て地蔵、
唐破風屋根
牛馬観世音
道中にある牛馬観世音
拡大写真
畠山重忠公遺烈碑
畠山重忠の遺烈を伝えるために建立された石碑で、明治25年(1892)に有志57名によって建立された。
旭区による案内板の記述
=======================
畠山重忠公遺烈碑
平安時代も終盤、保元の乱(1156年)、平治の乱(1159年)などが起こり院政に陰りが見え貴族の世も不安定になって、終焉間近に差し掛かると武家政権が台頭してくる。血を分けた親子兄弟でも容赦なく殺戮し強いものが一番との世に移行しつつあった。そのような時代にただ一人「畠山重忠公」は人格・体力(腕力)・容姿・音楽的才能などどれをとっても優れていて、武士の鏡といわれてきた。源頼朝の鎌倉幕府成立時にはその才能を如何なく発揮し、大いに貢献した。
ところが頼朝逝去後、重忠公は北条氏の台頭により危険人物として襲撃の標的となっていく。重忠は虚言により呼び出され鎌倉に向かう。北条時政から命令され義時らは途中の重忠を謀叛の罪で討つべく大軍を率いる。重忠は二俣川付近に差し掛かったところ、鎌倉で息子重保が討たれ、追討の大軍が襲来するとの報を受ける。しかし体制を整えるために自分の本拠(菅谷の館)へ引き返すことなく、ここで迎え撃ち多勢に無勢で激闘は続くが壮絶な最期を遂げる。無実の讒言により正義の武将も男の厄年42歳の生涯を閉じる。
源頼朝のもと鎌倉における武家政権下では大いに手腕を発揮したが、一方では囚人扱いをされたり(伊勢国沼田御厨)、謀叛の嫌疑をかけられたり(梶原景時からとの讒言)したが、常に誠実で清廉潔白な態度を貫く。俗人がそうであるように贈位などを望まず、武勇だけではなく幅広い教養を兼ね備えた武士であった。
ここに畠山重忠公の彷徨している魂を鎮めんがために遺烈碑を建てる。
=======================
この石碑が建っている「万騎が原」は、平安時代までは「牧が原」だったが、二俣川合戦において北条側が数万騎の軍勢を率いていた、という言い伝えから「万騎が原」という字が当てられるようになった。
近くの万騎が原団地造成の折に多数の人骨が出てきて、これは畠山軍の遺骨であろうということでその供養のために畠山地蔵尊として祀った。
庚申塔の左面に「戸塚道」、右面に「大山道」と刻まれている
拡大写真、
畠山重忠公遺烈碑、
標柱、
説明板、
碑、
畠山地蔵尊、庚申塔(
正面、
右面、
左面、
裏面)
南本宿公園
自然ゆたかな森の中の公園で、雑木林、パーク菜園(分区園)、果樹園、草地広場など緑を楽しめる公園である。
拡大写真
稲荷社
切割神明社の飛地にある稲荷社
拡大写真
切割神明社
社号:切割神明社、祭神:伊弉諾尊・伊弉冊尊(※本殿には『天照皇大神宮』と書かれたお札が祀られている)
開墾された新田の豊穣を祈願し、二俣川村本宿新田の鎮守として1668年(元禄元年)に創建された。
境内案内板の「由緒」の記述
=======================
神社創建の史料は残されていませんが、氏子の言い伝えとして、「元禄元年(1668年)の創建」と伝えられています。330年前の元禄年間の創建というのは氏子である古い農家の歴史と整合がとれているようです。
江戸時代初期に武蔵國都筑郡二俣川村本宿(現在の本宿町・南本宿町)の原野、山林を開墾して田畑にする「本宿新田」(元禄八年検地)が開発されました。江戸時代の二俣川村本宿は大半が旗本領(本宿町の浄性院を再興した旗本渡邊氏の所領)ですが、幕府領もあり本宿新田の開発が認められました。
新田の人たちは、旱魃や水害、冷害などの天災、飢饉などから家族と田畑を守り、五穀豊穣を祈るために、碓井権右衛門様のご先祖が神社境内の土地を提供し、また、鈴木七郎兵衛様のご先祖が稲荷社の土地を提供して、新田の神社を創建したものと伝えられています。
また、氏子の家では、戦争で出征した若者たちが全員無事に帰ってくることができ、当神社は縁起のよい神社であると言い伝えられています。
=======================
御神木の銀杏の木は、江戸時代の旱魃の際に、神奈川神明社・上田神明社・切割神明社の氏子が相談し、三名の若者が代表して大山阿夫利神社で雨乞いをし、銀杏の苗木を持ち帰りそれぞれの境内に植えたのだと云う。神奈川坂の銀杏は枯れて現存していないが、切割と上田の神明社の銀杏は現在も残っている。
拡大写真、
参道入口、
社号標柱、
社殿内、
御神木の銀杏、
由緒書-1、
由緒書-2、
掲示板
おかご坂
源頼朝が輿を置いて狩りをした坂
拡大写真
淨性院
源圓山浄性院、浄土宗、本尊:阿弥陀如来像、鎌倉光明寺の末寺
浄性院は、渡邊富次の父源圓山が天正19年(1591)地頭として着任、渡邊富次が当地を巡した際に廃寺となっていた源圓山浄性院長安寺を浄土宗寺院として再興したといいます。
新編武蔵風土記稿による浄性院の縁起
(二俣川村)浄性院
本宿の内中央より北によりてあり、免除地、二斗五升の地を領して、境内もその内なり、浄土宗にて、古は京都知恩院の末寺なりしが、いつの比か、相州鎌倉光明寺に屬せり、源圓山と號す、起立の来由を尋ぬるに、昔此所の地頭渡邊富次が、この地を巡行せしとき、長安寺といへる廢寺ありしにより、そのあとへつきて再興し、あらためて浄性院と號せり、長安寺のことは、宗旨及び開闢のことに至るまで都て傳はらず、富次が父孫三郎勝、天正十九年當所を賜はりしと云ときは、再興の年代も推してしるべし、本堂七間に六間東向なり、本尊彌陀、木の坐像長二尺八寸ばかり、惠心の作なりと云、開山の僧はその名をつたへず。
鍾樓。本堂に向て左にあり、七尺四方、鐘は天明八年に造りしものなり。
地蔵堂。本堂の東なる丘の下にあり、三間半四方、地蔵は木の立像にて長二尺五寸ばかり、この堂を長安寺と號するは、もとの廢寺の號を存するなりと云、おもふにこの地蔵は、昔の本尊などにてやありけん。
拡大写真、
参道、
旧参道、
本堂内、
法然上人像、歴代上人墓(
正面、
全体)、
宝篋印塔、
六地蔵、
聖観音像
information最近の活動
- 2026.02:保土ヶ谷区の西谷・和田町周辺散策
- 2026.01:1月休止
- 2025.12:旭区の古道散策
- 2025.11:仲町台周辺散策(その1)
- 2025.10:武相国境・緑の森散策
- 2025.09:熱中症警戒アラート危険発表に伴い中止
- 2025.08:8月休止
- 2025.07:雨天のため中止
- 2025.06:熱中症警戒アラート危険発表に伴い中止
- 2025.05:鎌倉古道・瀬谷駅南コース
- 2025.04:鎌倉古道・瀬谷駅北コース
- 2025.03:雨天のため中止
- 2025.02:大倉山周辺散策
- 2025.01:1月休止
- 2024.12:北山田周辺散策
- 2024.11:雨天のため中止
- 2024.10:東山田周辺散策
- 2024.09:熱中症警戒アラート危険発表に伴い中止
- 2024.08:8月休止
- 2024.07:新吉田町周辺散策
- 2024.06:松の川緑道周辺散策
- 2024.05:日吉周辺散策
- 2024.04:妙蓮寺・菊名周辺散策
- 2024:03:綱島周辺散策
- 2024.02:大倉山周辺散策予定⇒雨天中止
- 2024.01:1月休止
- 2023.12:神奈川宿周辺散策(その4)
- 2023.11:神奈川宿周辺散策(その3)
- 2023.10:神奈川宿周辺散策(その2)
- 2023.09:神奈川宿周辺散策(その1)
- 2023.08:8月休止
- 2023.07:熱中症警戒アラート危険発表に伴い中止
- 2023.06:保土ヶ谷宿周辺散策(その2)
- 2023.05:保土ヶ谷宿周辺散策(その1)
- 2023.04:東戸塚→保土ヶ谷宿
- 2023_03:吉田町周辺
- 2023.02:戸塚宿七福神めぐり(その2)
- 2023.01:1月休止
- 2022.12:戸塚宿七福神めぐり(その1)
- 2022.11:岡津町、西が岡周辺
- 2022.10:上飯田町周辺
- 2022.09:弥生台・和泉中央北方面
- 2022.08:8月休止
- 2022.07: 和泉町・和泉中央南方面
- 2022.06:雨天のため中止
- 2022.05:下飯田町・上飯田南町、和泉中央南方面
- 2022.04:雨天のため中止
- 2022.03:まん延防止等重点措置再延長に伴い中止
- 2022.02:まん延防止等重点措置延長に伴い中止
- 2022.01:1月休止
- 2021.12:下飯田・下和泉方面
- 2021.11:下和田、中田西方面
- 2021.10:笠間、岩瀬方面
- 2021.09:緊急事態宣言再延長に伴い中止
- 2021.08:8月休止
- 2021.07:まん延防止等重点措置延長継続に伴い中止
- 2021.06:まん延防止等重点措置再延長に伴い中止
- 2021.05:まん延防止等重点措置延長に伴い中止
- 2021.04:まん延防止等重点措置に伴い中止
- 2021.03:緊急事態宣言延長に伴い中止
- 2021.02:緊急事態宣言に伴い中止
- 2021.01:1月休止
- 2020.12:小菅ヶ谷、岩瀬方面
- 2020.11:小菅ヶ谷、高野、大船方面
- 2020.10:鍛冶ヶ谷、上郷方面
- 2020.09:小雀方面
- 2020.08:8月休止
- 2020.07:金井町、戸塚町方面
- 2020.06:本郷台方面
- 2020.05:緊急事態宣言延長に伴い中止
- 2020.04:緊急事態宣言に伴い中止
- 2020.03:下倉田、上倉田方面
- 2020.02:新羽方面
- 2020.01:1月休止
profile
"ウォーク飯島"は横浜市栄区飯島町の町内会活動として、毎月第三水曜日に横浜市周辺をウォーキングしています。(1月と8月は休止です。)
お問い合わせ先電話番号は、「会報 いいじま」 をご覧ください。
※全国からの迷惑電話を防止するため、ホームページには連絡先電話番号を掲載していません。
ご迷惑をおかけいたしますが、ご了承ください。
このホームページをお友達にご紹介くださる場合は、下記のQRコードをご利用ください。
このQRコードをスマホで読み取るとウォーク飯島ホームページのURL
< https://cf076158.cloudfree.jp >
に変換]されます。
